とある医療相談 飛蚊症を治療するのか? ― 2011/06/11 08:51
先に書いておきます。医療相談はここでする気はないし、そのようにあらためて「このブログについて」に追加したわけですが、その上で、やってきた以下の「コメント」というやつに、どう考えるか書きます。ちょっと敏感な問題が関係するので。
コメントつか、質問は以下。
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投稿者 ひぶん
メールアドレス (未記入)
URL (未記入)
IPアドレス 218.142.254.21 ホスト名 softbank218142254021.bbtec.net
コメントはじめまして。こちらにこういう質問をさせていただくのはどうかと思ったのですが,眼科医さんということでどうぞよろしくお願いします。
今年の一月に,右眼に後部硝子体剥離を起こした41歳主婦です。
近視はつよく-5,5とかいう数字だったと思います。網膜等にはおかげさまで問題はありません。
いわゆるグリア環の影が視野中心部に黒々とうつりこみ,毎日それに悩まされています。
慣れるとかいわれますが,今,5ヶ月で慣れません。
精神的に辛くて抗不安剤を服用する毎日。
名古屋と横浜のほうで,こういった生活に支障の出ている患者を救済するために,硝子体手術もやってくれることもあります(決してお勧めではないそうですが)。
もうやってほしいと心から願うしだいです。
おっさん目医者先生としては,ヒブンに硝子体手術はどうお考えになりますか?絶対やるべきではないですか?
ところで,後部硝子体剥離は段々,前方に剥離がすすむので,症状としては時間がかかっても薄らぐとの話もお聞きするのですが本当にそうなのでしょうか?
毎日ヒブンに悩まされて,疲れ果てています。
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まず患者の側の話として、
どうしてもやりたいんならお好きにと思うが、あくまでも「美容整形」のレベルの医療であることはわきまえたほうがいい。しかも、なにかおこったときの致命度は壊滅的である。
23ゲージ手術の一般化で技術的なハードルが下がって、適応が広くなった気がしたり、いままでこういう手術してなかった眼科医が参入したり、というのは状況としてわかるのだが、硝子体を触りに行くのは顔の表面をいじくるのにくらべても格段にリスクは高い。感染可能性はゼロには絶対ならないし、周辺の網膜変性があれば裂孔形成から網膜剥離する率は高くなる。
「失明しても納得できますか?」というのが返答である。
そこで「どれくらいの割合で」といわれても、おこってしまえば一緒です。また、こういう手術を手軽にやりたがる施設は、コストなんかにも敏感だろうからむしろリスクは高いだろう、レーシック眼科での角膜感染、安売り焼肉店の生肉感染といっしょ。
で、医者の側の話として。
自費での治療をするなら、訴訟リスクも含めて好きにすればあ、と思うのだが、これを「保険医療」でやるのか、というのが問題。たぶんそのつもりでしょうがね、とりやすいから。
「うっとおしくてつらい」のだろうがなんだろうが、これをいちいち治療することにはどう考えても「公的医療」の根拠はない。「視機能」に永続的な悪影響が予想され治療でそれを停止もしくは改善することが可能である、ことが最低限の公的医療の根拠でしょう。「ちらつきも視機能だ」というかもしれんがそんなもん相手にしてたらきりないので、ここは、視力視野といったものを相手にするべきです。
不定愁訴というべきレベルのものに踏み込んであれこれしたがる医者はいくらでもいる。そして実際にやってる眼科医は、案外真剣にそれが患者のためになると信じたりしている。瞳孔にかぶってもいないのに前額の皺が多いだけで眼瞼下垂手術しまくる開業医がいるねえ、よくなった症例しか覚えてなくて、自律神経がどうのと熱弁をふるう。いい人なんだろうが困るのです。公的医療を担うプライマリーケア医としては、さらっと流してなんぼだろう。
後部硝子体剥離は、通常60才超えたら6割以上におこっていると言う。近視ならさらに若くからおこる。自覚がなんだろうが、それを保健医療の対象にするのであれば、老人人口の大半がこの高い手術を自動的に行ってもよいということになる。これを保険審査機構が認めると思うか?
当然個別審査の対象になるだろうが、それが増えれば「もっと手軽に診療録のチェックができるようにしろ」という動きを加速させ、高い医療を行うなら電子カルテ前提、しかもそれを保険機構にリンクさせろ(クラウド化w)ということになるだろう。自分で自分の頸を絞めるわけですが、原因をつくったものは稼ぐのに不便になったらあっというまに離れていくでしょうがね。
するとして、どの点数でやるのか、まさか「増殖硝子体手術」約52万円じゃなかろうが、たぶん「硝子体切除、その他」の区分を、硝子体出血という病名でやるんじゃないか。これでも30万円を超える。その下の、最近設置された安い術式だと10万円代だが、これは白内障手術時の硝子体脱出なんかのためのもんで、水晶体再建もしてないんだからむしろ病名に困るだろう。
柔整が、只の肩こりを、リハビリと称して保険で施療して金を取るのと一緒。「公的医療」からのぼったくりである。
どうしてもやりたかったら、公的保険は使わない自費の「飛蚊症専門医」にでもなってくれ。いっしょに「眼精疲労専門医」も名乗って、眼瞼下垂だの結膜弛緩だのの手術もしたらいい。赤外線レーザーによる星状神経節ブロックもどうぞ。
金がかかるから患者は来ないだろうが。
医療の技術がすすみ機械化パッケージ化がすすんで、技術は標準化してきている。医療者からするとたしかに「お気軽」になりつつある。
そして、標準化された医療はどんどん保険対象になっているのに、財源はかわらないのだから、個々の保険点数は安くなる。金持ちが青天井で金を払う外国の医療に比べて、日本の医療の安い正体はここである。
医療をお気楽に考え、保険で安い医療を、「病気」でないものに浪費しようという患者、それを利用して気楽に儲けようという医者。こんなものがそろえば保険はもたない。
そして、もたないというのがみえてるだけに、いまのうちに荒稼ぎしておこうという悪い了見でさらに状況は悪化する。
「つらいのだから仕方ない」「命は大切」なんてこといったって金がなきゃなにもできないんだからね。みんなもうちょっとわきまえたらどうか。
ともあれ、通常に硝子体手術をいままでやってきた施設の者としては、私自身は、単なる飛蚊症相手の硝子体手術はやらないし、やりたがる術者は信用しない。症状がつらいという患者の泣きに負けて「オススメではないけど手術する」向きについては、医者としてもうちょっとなんとかなってくれませんか、と思う。
部下が、近医から紹介があったのでと視力があるのに白内障手術をしたがるのだが、そのたびに、適応が当院としてないならたとえ紹介患者でも打ち返せといってる。できるからといって、しなくちゃいけない気分になってはいけない。
今回、上記の件で加えて言うと「うつだからつらい」なら、無理かも知れんが「うつ」のほうをなんとかしてください、と思う。飛蚊症は、もぐらたたきのもぐらでしかない。
これについてコメント欄で議論やりとりする気は一切ありません。
コメントつか、質問は以下。
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投稿者 ひぶん
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コメントはじめまして。こちらにこういう質問をさせていただくのはどうかと思ったのですが,眼科医さんということでどうぞよろしくお願いします。
今年の一月に,右眼に後部硝子体剥離を起こした41歳主婦です。
近視はつよく-5,5とかいう数字だったと思います。網膜等にはおかげさまで問題はありません。
いわゆるグリア環の影が視野中心部に黒々とうつりこみ,毎日それに悩まされています。
慣れるとかいわれますが,今,5ヶ月で慣れません。
精神的に辛くて抗不安剤を服用する毎日。
名古屋と横浜のほうで,こういった生活に支障の出ている患者を救済するために,硝子体手術もやってくれることもあります(決してお勧めではないそうですが)。
もうやってほしいと心から願うしだいです。
おっさん目医者先生としては,ヒブンに硝子体手術はどうお考えになりますか?絶対やるべきではないですか?
ところで,後部硝子体剥離は段々,前方に剥離がすすむので,症状としては時間がかかっても薄らぐとの話もお聞きするのですが本当にそうなのでしょうか?
毎日ヒブンに悩まされて,疲れ果てています。
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まず患者の側の話として、
どうしてもやりたいんならお好きにと思うが、あくまでも「美容整形」のレベルの医療であることはわきまえたほうがいい。しかも、なにかおこったときの致命度は壊滅的である。
23ゲージ手術の一般化で技術的なハードルが下がって、適応が広くなった気がしたり、いままでこういう手術してなかった眼科医が参入したり、というのは状況としてわかるのだが、硝子体を触りに行くのは顔の表面をいじくるのにくらべても格段にリスクは高い。感染可能性はゼロには絶対ならないし、周辺の網膜変性があれば裂孔形成から網膜剥離する率は高くなる。
「失明しても納得できますか?」というのが返答である。
そこで「どれくらいの割合で」といわれても、おこってしまえば一緒です。また、こういう手術を手軽にやりたがる施設は、コストなんかにも敏感だろうからむしろリスクは高いだろう、レーシック眼科での角膜感染、安売り焼肉店の生肉感染といっしょ。
で、医者の側の話として。
自費での治療をするなら、訴訟リスクも含めて好きにすればあ、と思うのだが、これを「保険医療」でやるのか、というのが問題。たぶんそのつもりでしょうがね、とりやすいから。
「うっとおしくてつらい」のだろうがなんだろうが、これをいちいち治療することにはどう考えても「公的医療」の根拠はない。「視機能」に永続的な悪影響が予想され治療でそれを停止もしくは改善することが可能である、ことが最低限の公的医療の根拠でしょう。「ちらつきも視機能だ」というかもしれんがそんなもん相手にしてたらきりないので、ここは、視力視野といったものを相手にするべきです。
不定愁訴というべきレベルのものに踏み込んであれこれしたがる医者はいくらでもいる。そして実際にやってる眼科医は、案外真剣にそれが患者のためになると信じたりしている。瞳孔にかぶってもいないのに前額の皺が多いだけで眼瞼下垂手術しまくる開業医がいるねえ、よくなった症例しか覚えてなくて、自律神経がどうのと熱弁をふるう。いい人なんだろうが困るのです。公的医療を担うプライマリーケア医としては、さらっと流してなんぼだろう。
後部硝子体剥離は、通常60才超えたら6割以上におこっていると言う。近視ならさらに若くからおこる。自覚がなんだろうが、それを保健医療の対象にするのであれば、老人人口の大半がこの高い手術を自動的に行ってもよいということになる。これを保険審査機構が認めると思うか?
当然個別審査の対象になるだろうが、それが増えれば「もっと手軽に診療録のチェックができるようにしろ」という動きを加速させ、高い医療を行うなら電子カルテ前提、しかもそれを保険機構にリンクさせろ(クラウド化w)ということになるだろう。自分で自分の頸を絞めるわけですが、原因をつくったものは稼ぐのに不便になったらあっというまに離れていくでしょうがね。
するとして、どの点数でやるのか、まさか「増殖硝子体手術」約52万円じゃなかろうが、たぶん「硝子体切除、その他」の区分を、硝子体出血という病名でやるんじゃないか。これでも30万円を超える。その下の、最近設置された安い術式だと10万円代だが、これは白内障手術時の硝子体脱出なんかのためのもんで、水晶体再建もしてないんだからむしろ病名に困るだろう。
柔整が、只の肩こりを、リハビリと称して保険で施療して金を取るのと一緒。「公的医療」からのぼったくりである。
どうしてもやりたかったら、公的保険は使わない自費の「飛蚊症専門医」にでもなってくれ。いっしょに「眼精疲労専門医」も名乗って、眼瞼下垂だの結膜弛緩だのの手術もしたらいい。赤外線レーザーによる星状神経節ブロックもどうぞ。
金がかかるから患者は来ないだろうが。
医療の技術がすすみ機械化パッケージ化がすすんで、技術は標準化してきている。医療者からするとたしかに「お気軽」になりつつある。
そして、標準化された医療はどんどん保険対象になっているのに、財源はかわらないのだから、個々の保険点数は安くなる。金持ちが青天井で金を払う外国の医療に比べて、日本の医療の安い正体はここである。
医療をお気楽に考え、保険で安い医療を、「病気」でないものに浪費しようという患者、それを利用して気楽に儲けようという医者。こんなものがそろえば保険はもたない。
そして、もたないというのがみえてるだけに、いまのうちに荒稼ぎしておこうという悪い了見でさらに状況は悪化する。
「つらいのだから仕方ない」「命は大切」なんてこといったって金がなきゃなにもできないんだからね。みんなもうちょっとわきまえたらどうか。
ともあれ、通常に硝子体手術をいままでやってきた施設の者としては、私自身は、単なる飛蚊症相手の硝子体手術はやらないし、やりたがる術者は信用しない。症状がつらいという患者の泣きに負けて「オススメではないけど手術する」向きについては、医者としてもうちょっとなんとかなってくれませんか、と思う。
部下が、近医から紹介があったのでと視力があるのに白内障手術をしたがるのだが、そのたびに、適応が当院としてないならたとえ紹介患者でも打ち返せといってる。できるからといって、しなくちゃいけない気分になってはいけない。
今回、上記の件で加えて言うと「うつだからつらい」なら、無理かも知れんが「うつ」のほうをなんとかしてください、と思う。飛蚊症は、もぐらたたきのもぐらでしかない。
これについてコメント欄で議論やりとりする気は一切ありません。
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