バレーコードの練習曲2017/04/14 18:33

50歳以上のおっさんアコギビギナーだけ読んでください

ずっとアコースティックギターの弾き方を習いに行ってるが、練習の少ない凡人なものでバレーコードがうまくおさえられないし、指の移動もぎこちない。

私としては、そういうところにいかないと絶対弾かなくなるので、週に一度でもしっかり弾く時間を無理にでもつくるという後ろ向きな理由でいっている。先生には非常に申し訳ない向上心のなさです。生活のリズムにもなっています。
で、そこは、下手でも楽しくというレッスンではない、そういう先生がこの世にいるのか他を知らないのでわからんが。
押さえ、移動の悪さをそのつど指摘されては単調なパターンを繰り返すのが時間のほとんど。

備え付けのヤマハの一番安いギターは、私の手持ちのギターよりネックが太くて押さえにくい。ここのところ握力もおちてきて、続ければ続けるほどに下手になってるようだ。

苦手なバレーコードを多用するレッスン曲というのも用意されているのですが、あまり好きな曲でもないのですね。よけいに弾かない。
好きな曲をやりたいものですが、その先生は、音源とそれからとったスコアを用意しろという。もっていくと、必ず違うところがでてくるので、私の前で再生してはスコアをチェックしていく。それだけで何時間もかかる。そもそも、それができるほど音源にあったしっかりしたスコアがおちてるわけでもない(いやちゃんと買うのですが)。むかしのカントリーミュージックなんか壊滅的。

弾いて歌うということをしないと気分的にちょっとしんどいので、懐メロ級の日本のフォークのコード付き歌詞集から、バレーコードの練習になりそうなものを、ちょっと選んでみました。
ひまがあったら弾くようにすれば、握力もつくし、手も馴れます。もと曲が本当にそうかというのはこの際なしです。

てきとーなアルペジオで練習するには、「悲しくてやりきれない」がよろしいですね。
Fのコードでやると、サビがなかなか指にきびしくてやりきれない
F Am, Bb FonC, F Bb, Am C7
F Am, Bb FonC, Dm Am, C7 F, F
ストロークでやっても楽しいです。移調してCのコードで5カポというのも落ちてたけど、まあ指の練習。

ストロークメインのときは、「花と小父さん」がええです。バレーコードのままの移動の練習にはなる。
Aパートはこうなります。
Bm, Em6, F#7, Bm
Bm G, F#7, C#7, F#7
Bm, C#m7-5, F#7, Bm
Bm, F#7, C#7 F#7, Bm
以上、GとC#7もバレーコードでやるのがミソです。Em6とC#m7-5の2音以外ぜんぶバレーコードになる。
移調してAmのコードで2カポにすれば、Fが一つ入るだけのなんの変哲もないコード譜になります。

私同様にギター初心者の同世代の方、バレーコードを練習したいときはご参考までに。あくまでも練習です、ひと前でやるときはなるべく指が楽なようにしましょう。

で、思うのですが、この「花と小父さん」の歌詞、いまの時代にはあまりにアブナイと思う。私は子供のころから知ってた印象深い曲ですが、宮崎某事件以降もう、こういうものは、そういう奴の妄想にしかきこえない。
べトナム人少女の誘拐殺人みていて思いました。ご冥福を。

いった店 京都奈良洋食 銃猟ぼやき2016/11/25 17:29

来週末は、東京で、網硝学会ですか、むかしえらいひとに嫌われて演題蹴られまくったのに、近所でもないのにわざわざ行く気もしませんなあ。
演題自体はその後別の学会にふつうに出して論文もつくった。

部門相当のマイナー学会なんて、マウンティングに使うようなもんでしかないんだから、そんなもんをわんさか放置してうちわでウハウハしてたらそら厚労省が専門医制度に手をつっこんできたって仕方ないやろうと、地べた専門医としては思う。
日眼や JJO の引用数がどうのと今更らしくいったってww


スマート珈琲」 京都 洋食
休みにはランチに行列がある。たまたま通りがかって数人待ちなので入った。
↓ はでるとき。長い列ですが、一階喫茶部なんか二階レストラン部めあてなんか。



2階はいまどき昭和にしっかりした洋食レストラン。ビフカツはなかった。クリームコロッケとグリルチキン食った。メイドっぽいウェイトレス姿、コスプレではないのがいい。

ゆき亭」 奈良 洋食
以前天理市にあったころ、ちょくちょく行った。15年ぶりでした。




奈良旧市街にあるいまは、オムライスメインのようです。ビフカツが、高価く、でかくなったかな。衣の外れるロースだった。おいしかったよ。




海坊主型のあるじを久しぶりに見たわ。店はこじんまりして女子ウケしそう。


みよし」 奈良 定食
旧市街、ゆき亭の並びにある。由緒ありげにみえる、中はふつーの定食屋、おいてるマンガがしょぼい、つか古い




ビフカツ定食1200円、脂多めで火をしっかり通した硬いロースの、パン粉の焦げ臭いカツ。昔風だが昔はもっと肉悪かったんだろうねえ。





既出。
「旭亭」「Il Lampo」「アシュクルク」「花涼ん」「喜撰坊」よろし。
「まる福」昼客少ない、夜いるのかえ。やや心配。
体調いまいちであいかわらず外食少なし、わざわざ遠出もしない。


さて、15日から猟期がはじまっております。遠出はすべて狩猟優先となっております。

初猟は鳥も鹿もでませんでした。
その後まちがって池につかり、ヒヨドリおとし、鹿猪おすそ分けいただき、去年分のまだ入った冷凍庫がすでに危ないw

装薬銃の話。ノーマルの散弾銃です。
いまもっているのは 12番自動銃 BerettaA400ライトエキスプローラ(と登録証に書かれた)と、20番径上下2連 MirokuM2700MC 。 

12番自動銃はスコープつけっぱ。
スコープ(Weaver ×1-3 ですが)つけた銃でスキートしていて、慣れた人に、なにやってるんやとかいわれるわけです。たしかにアベレージは8枚、いって11枚ですが、たかが趣味のことでたまに居合わせたもんに、愚の骨頂とまで言うか?w
静止やランニングターゲットすりゃいいといえばそうなんですけど、交換チョークの26インチ銃身がもともとあるんだから、やりたくなってしまうのですよ。追加に、わざわざスラッグ銃身も買ったのでして。

径のちがう銃をもつのも、弾丸の個数管理やらいろいろめんどいので統一したいのですが、なににしても重いと猟場でしんどい。でも軽いと安定しない。
12番自動銃を、ディスコンした20番径BerettaA391ウリカを探してきて入れ替えるか。
20番上下二連を、軽いけどやたら高価い12番径 Benelli828U あたりにするか。
いまどき締め付けがきつくて、銃の数は増やせないし、あれこれ持っても使い切れない。
 サボット銃は重くてもちたくありません念のため。

カメラの数も国に制限されれたらアホみたいにもたずにすんだんやろうなと思いますw

まー、これから1年、ミロクの20番上下でクレーにどんだけコンスタントにあてられるようになるかで考えようかねと。調子いいとトラップで17枚いくのですが、たいがいはこれも8枚、これはちょっとひどいので。
30インチの12番でやってたころはアベレージ18枚で、たまに20枚も超えたんだけど、、、、ごくたまにねw

この20番上下はフィールド銃で、銃尻か硬い。猟場で急にかまえるときに、ひっかからないように、ということなんでしょうが、これでクレーしてると肩が痛くなる。
12番は火薬24gが選べる。Beretta自動銃ははこれでたいがい回転するのですが、20番は28g、反動もそのぶん強くて、口径の差という利点がなくなってるような気もするし。
ゴムの脱着リコイルパッドつけたりすると楽ですが、頬付けがかわってしまい、なんのための練習かわからない。 Caldwell から、肩当のリコイルシールドがでてるが、かなりかさばって、やはりひっかかりそうです。

庵野氏のゴジラを見たときに私の思ったこと2016/08/05 00:00

シン・ゴジラ」by 庵野秀明総監督  みました。雑感です。
軽いですがオタ方面の知識を前提にしています。ネタばれもありますので注意。

そんなに指図されることもなくたぶん好きなようにつくれるようになったおかげでしょうが、出来上がったもののイストは、自主製作時代のダイコン「帰ってきたウルトラマン」に最も近いです。「ねつかくこうげき」と連呼するからとは言いませんがw

地面ずるずるはい回る幼生形態は「八岐大蛇の逆襲」かと思った。ミニラじゃないのねw
アニパロにシフトした「トップ」や「ナディア」よりも、「エヴァ」は特撮の血が濃いんやなということもこれみたらわかります。ヤシマ作戦まんまという突込みがありますが、これはむしろ意図的にやっているでしょう。
ゴジラ無双のとこは「巨神兵東京にあらわる」みたいやし。
おたキング岡田ライクのでぶがうろうろするのはわざとか。
この監督、けっきょくずっとおなじことやってはんのやろなと思いました。

特撮ファンとしてはとてもうれしい代物ですしとても正しくつくられています。最上級の、自主制作系特撮映画です。ひたすら東京をめざすCG怪獣と、それを日本国が相手するに要する各種手続きの説明をシミュレーション式に物語化した、つまり日本の制度の取り扱いマニュアルみたいな映画なので、まともなドラマはないに等しく、映画としては非常に偏った代物と思う、てか、メジャー上映でこれをやってのけたのがお手柄なのか。

つまり、オタのお祭りにあわせて上映されたような自主製作映画とかわらんのですよ、白組の特殊技術レベルが高い一方、人間側のお話部分はやや一本調子で、それほどの葛藤もなければ、視点の移動も少なく、危機管理物語というか、ひたすら特撮でつくりだす状況の正当化してるだけです。ゴジラやウルトラマン見て育った人たちがとびあがってうれしがるのはあたりまえといえばあたりまえ。いまどきの子らには、、、どうなんやろw
特に、踏みつぶされる側の人々の具体的な生活史像はまったくといっていいほど出てこない。こけるマンションの中を映せばいいってもんでもない。
主演級の若手の演技もちょっとだから、へんなドラマつくるよりは正解なのかもしれないですけどね、超古代文明とかいまさら勘弁なんで。
それもこれも、しかし、できんことはやらんという割り切りはご立派、たいがい、できもしないわかってもいない「ウケる」要素を入れようとしてこける。
金かけて好き勝手できてええなあと思います。これは、わかりにくいかもしれんけど絶賛してます。

庵野氏は、プログラムドピクチャーで、以前の作品を引用しながら無理やりに感動させるのはずいぶんうまい人であることを、ひさしぶりに感じてうれしくなったファンも多いのではないでしょうか。トップもナディアも最後がとにかくうまかった。
いろいろなもんからの引用が多く、何を見てもなにかを思い出すよねえ、、、一番ビジュアルではまったのは、幼生形態の目玉でした、そのつもりもないかもしれんけど吾妻ひでおのどろろん忍者かいとw ゴジラ自己進化設定も樋口監督自身の平成ギャオスやし。
完全オリジナルのエヴァの最終作品も、この勢いでいちおう作る気になってられるようです。私の理解では、Qはナディアでいう「島編」です。だからって最後までたどり着けるかはわかりませんけどねw
旧劇場版でなにがあかんかったんやろうとは思います。余裕ぶっこいてむかしの若書きに手を入れ始めたら収拾つかんようになったんやろうと勝手に思ってるんですが。

作品に戻ります。
日本でこういうのやると、84年「ゴジラ」じゃないが、すぐに官邸群像劇になるのはなんだかですねえ。自衛隊の出動の事情をやろうとしてリアリティを追及するとそうなるということでしょうか、核兵器とか国際関係がどうのとか。「日本沈没」てのもあるし、これもまあ引用と言えば引用か。
いちいち誰か似の防衛大臣が「首相」と叫ぶ、自衛隊を動かす政治についての、図式的でわかりやすいコメディの挙句に主要閣僚みなぶっ殺したのは笑ったが。一緒に乗ったらあかんやろう。

下命をうけ、はずれもんでチームをつくって起死回生の一発、という、なんかのような快楽設定ですが、みるからにわざとらしくスクールカーストw下位で痛々しいのはなんとかならんかったんやろか、これで感情移入できるのは世界的にはかなりのマイノリティと思う、まあ、ちょっと近親憎悪なんかもしれません。それにしても、下っ端とかオタとかに甘すぎる設定。上から下までお笑いで通せばいいのに、バランスが悪い。志ある官僚が彼らをひきいて、日本が救われるというのもファンタジーですが笑いにくいなあ。

これだけなら、ゴジラという異物を放り込まれた日本政府の仮想ドキュメンタリーのカリカチュアということでも行けたと思うんですけどね。日本人による日本論は、日本でしかうけんやろうけどまあいいとして。
後半特に、この国は大丈夫のどうのと、変な日本age がでてきます。ひねりがそっちにいってしまった。
庵野氏の時代のダイコンがかかわった「愛国戦隊大日本」から、「神風ライダー」に至る(「国防挺身隊」を入れてもいいw)特撮系右翼パロ自主製作映画と実は同様、そのほうが単に話をわかりやすくオモシロく作りやすいからそうした、と私は思うのです。日本の組織の取説にちょっと情念をまぶしてみるわけです。メジャーですと「平成ガメラ‐イリス編」のラストの悲壮感がそうですね、物語つくりとしてはむしろ逃げなのですが、変な酔い方して、ニッポンえらいとビビッドに反応する人もいるんだろうな、とも思いますあーあ。

正直言うとちょっと暴れ足らんですけどねえ。関東平野がでかすぎ。

エキストラ相当のところにびみょーな有名人名がいっぱいあってまた笑った、塚本晋也とか。さぞかしみんな楽しかったことでしょう。

ゴジラのしっぽのアップが、なんかいろんなものとか人間とかがよせあつまってできたような描写になってたような。分裂増殖らしい。今後なんかに使うのかしら?

以下、設定についての疑問。

1) 米軍の攻撃で、スリープ、チャージせんとあかんほどのダメージをこうむるわけですよねえ、だったらなんで、無人機でその攻撃を続けんのかなと思いました。効果のあった攻撃はとどめさすまで続ければいいんで、それを中断して核攻撃というのがわからない。最終攻撃でまたその攻撃して動きをおそくするんだから、できるんでしょ。

2) 頓智兵器で退治するところは伝統にのっとってすごくいのですが、あれ服ませてるというか内服させてるんですか?それじゃまともに吸収されんのじゃないか。口腔内粘膜下注射としても、凝固促進剤が全身に回るんだろうかと、よその科のこととはいえ思いました。あのやりかたではきっちり血管に入らんだろうし、皮下注レベルではそこに血腫つくっておわりなんやないかいな。まあ、ききとれんことをぐたぐたゆうてたから、クリアされてるんかもしれんけど。ケツにぶちこめといってる人もいるようでそのほうがまだ全身に回るだろう。

3) さらに余分ですが、血液の冷却効果がおちたときに冷却力あげてぜんぶ凍るような反応をするように、生物(そんな生物おらんけど)はできてないし、ふつうは熱暴走のほうを予測せんかな

全体に滑舌がわるくてききとりにくいが、これはもう日本映画は20年前からですし、そんな大したことはたぶんいってない。環境省子の最後の台詞もわからんかった。聞き取りが悪くて理解が違うところがあったらすみません(言い訳

それにしても、伊福部サウンドはええなあ:結論

コンデジ買いに行って2016/07/25 01:18

フィルムカメラの時代の末期、 Pentax の、 MZ-Lに、SMC-Pentax-M20mmF4 つけて、ほとんどノーファインダーで撮りまくるのが好きでした。超広角は好きなのです。
ダイヤル多用の MZ-3  も、もってましたが、基本思想が上位機種 MZ-S とおなじ MZ-L のほうが自動機としてわりきってつかえたのですな。20mmは、被写界深度も深くててきとーに目測ピントあわせでも困ることなかったし、内蔵ストロボ使ってもレンズケラレもなく、光が周辺でおちるのもそんなに不自然ではなかった。

デジの時代になって、はじめ、レスポンスの速さで、Fuji のスマメの入る縦長の Finepix 4800Z を買った。ポルシェデザインの FinePix 6800Zもそのつながりで買ったが、スマメの時代はあっというまに過ぎた。
そのあと、防水がいいやと Pentax 43WR 潜水も出来る Pentax W20 超広角の24mm相当があらわれて Ricoh GX100 をつかい、24mm相当からのズームでF2の明るいものがでてきたので喜んで Panasonic LX3 を買った。毎日持ち歩くものでいたみが早く、Pananonic LX5 に途中、買い換えた。画素数はほぼ 1000万。
こいつらで、特に旅行中は、なんでも記録するために歩きながら撮りまくる。きれいな景色は Sigma DP-1、SLR つかいたいときは Pentax K10D 、レンジファインダーとして Leica M8 をモノクロモードにしてレンズは Hexanon 21-35 Dual と Ricoh GR 28mmF2.8 でして、このあたりのカメラ生活がけっこう仕合せだったような気がします
。2008年から2014年のころ。

ところが、このあと Panasonic は LX7 として F1.4 という明るいレンズのついた、ちょっとでかい路線にシフトしてしまった。
そこで、買い替えとして、明るい超広角ズームに防水の Olympus TG-1 買ってみたけど、形のせいか私はこれで水平がなかなかだせなかった。

フジの受光素子は使ってみたかったんで、25mm相当からの4倍ズーム、広角側開放F1.8の Fuji XQ-1 にした。画素数 1200万。結構気に入ってつかっているわけです。

家内はもともと Canon の、ちょっと大きめ、ズーム比の高いものをもってましたが、暗いところがきれいにとれないといって、開放F値の明るいレンズでやはりいろいろ比べ、広角側は 24mm 相当でいちばん望遠域の長い Nikon P340 におちついた。

最近、家内のカメラが、電源ボタンの反応が悪いという。
Nikon の梅田サービスセンターに持ち込んでみてもらうことにして、その合間に大阪駅北のヨドでまたいろいろくらべてみようと、出かけたわけです。

まあ、状況は、そのまえに京都のヨドにも行き、ネットで検索もしましたのでわかりきってはいたのですが、、、

小型コンパクトデジカメで、F2より明るくて24ミリ相当からのズームのものは、どんどん種類が減っています
Sony と Canon しかありません。ともに大サイズ受光素子で2000万画素。
絶滅危惧とはいわんけど、スマホのカメラがどんどんよくなって、コンデジはパイが小さくなって、似たようなもんをみんなが出してみんなが食える状況じゃなくなってきたのですかね。
Fuji と Nikon はディスコン、 Olympus はアウトドア用のままで、Panasonic は何考えたか、レンズはF.17とちょっと暗く戻したのに4/3受光素子つけて、更に本体が大きい。 

でかい受光素子で、ものによると画素数も2000万だと、さぞ画質はいい、んでしょうけど、たかだか20インチ台のモニターや、A3もしくは4つ切り程度のプリントアウトじゃ、ぱっと見そんなにかわりゃせんのです。

家内についていうと、 Sony も Canon も望遠が弱いし Sony は動画ボタンの位置が駄目 Canon はタッチパネルが嫌なんですと。
Nikon に持ち込んだカメラは、製品としての問題はないと返されてきましたが、あとどれくらい持つか不安で、これが駄目になったときに選択肢がないのは困るという。

私も、Fuji XQ-1の背面液晶がちょっと焼けたところがあり、まだ使えるけどそろそろ次を考えておこうと。Sony RX100III でもまーいいんですが、望遠側が70mm相当までしかないし、タイマーもコワイw

けっきょく、家内に関しては、今もってるニコンの P340 市中在庫をネット通販手配。
ついでに私も、いまもってるフジの XQ1 の後継の XQ2 市中在庫を手配した。

2000万画素の大型受光素子でコンパクトにカメラ全体を仕上げられるメーカーが、 Sony Canon の2つにしぼられたということなんでしょうかね。

Fuji もちょっと大き目の自社製受光素子ではありますがICチップは他社らしい。この会社、 レトロな感じのものをどんどん出してるんですが売れてるんやろかね、ファインダー覗かせるのが好きですが、あの面倒な姿勢から開放してくれたのがデジだと私は思ってるんですが。
Nikon はサンヨー製だったというから本当ならなくなってもしかたないか。熊本の地震で Nikon は受光素子の工場がやられてあちこち大変らしい。

なににしても、選択肢がなくなっていくのはさびしいものです。

ハンターと銃2016/02/15 22:21

あまり書かないようにしていたが、銃をもって猟にいく。散弾銃を持って鹿の巻狩りなんかにいくわけです。

なぜ書かなかったかというと、いままで実弾銃で獲物をとったことがなかったからである。獲物の実績がないので、自分でハンターであるとはいいづらい。
獲物をとったことのない自称ハンターは、寒いさなか、銃のようなアブナイ代物をかついで、山の中をうろうろするただの変な人でしかないよねと、忸怩たるものがあるのです

で、今季の猟期も、本日でおわるが、今季から私はハンターを名乗っていいと思う。
先日、やっと鹿を射獲しましたので、自称を外していいよね、というところ。

数年来使わせてもらってる山地がある。犬や鹿の動きをみて、待ちをちょっと考えてみたら、その日は大当たり。朝から1頭、昼から1頭いただきました。

その山地かいわい、村の畑地は鹿に荒らされ、石垣は猪にほじくりかえされ、銃をもっていたら「獲れましたか」「どんどん獲ってください」と応援される、ハンターにはありがたい場所です。

加えて、今季であるが、本格的に池めぐりをするようになった。で、何度も飛ばれたが、エアライフルでマガモも1度おとした。昨年までは、ヒヨドリばかりおとしていた。

俺でも猟は出来るんやなあよかったなあ、という安堵です。
鹿と猪については、私の登録県では3月15日まで出猟できるので、もうちょっと頑張りますかね。

ところでいまの私の銃ですが、自動銃は12番径の Beretta A400XL、上下2連は20番径の Miroku 2700MC、エアは5.5mm径の FX-250Royale です。
すべて、今季からの銃です。

以下へっぽこハンターの弁。

Beretta A400XL であるが、26インチリブ銃身とスラッグ銃身をもっている。新品で買いましたが、しょっぱなから先台がわれたり、中金具がゆがんで回転不良おこしやすかったりで、ちょっと不信している。こいつで上記2頭いただいたが、1頭目のときも回転不良で2弾目がでないところであった。24g プルーフのはずなのですが困るなあ。
それにしても 12番径のスラッグの反動はきつい。スコープあわせだけで肩に軽い皮下出血ができた。だから、火薬のより少ない弾を、狩猟に使う。
ほんとうはスラッグ銃身のみでほしかったがあくまでも替え銃身としてしか買えなかったので、26インチリブ銃身で買った。しかし、猟場でスラッグ銃身つかうんだから、クレー用に、リブ銃身は28インチにしてもよかったとおもう。
 Weaver の 1-3倍スコープは、米尼から取り寄せた。両目でつかえて、これはけっこう気に入っています。 Leupold 1-4倍より安い。 
猟のグループによってはスコープ駄目だったりするらしい。等倍ならなんであかんのやろうと思う。歳食うたら、裸眼じゃついていけんのですがね。
ただ、スコープつきだと、クレー射撃が驚くほどあたらないw これは慣れの問題になりますが、私の場合、追尾がとまってしまうようです、で、力むので弾が下に行くと。下の地面にあたるなんてありえないと、いわれましたわw へっぽこやねえ、、、
自動銃は、以前は Remington 1100 をもっていた。ベストセラーです。銃をもって猟場を歩き回るのに、薬室に弾は入れず弾倉には入れて、いざというときワンアクションで薬室に弾を送れる Beretta がほしくて買い換えた。ずっと軽くなったのはよかった。

Miroku 2700MC
ですが、知人に、 SKB の20番径上下2連でヤマドリを、犬もつれずに沢を巡って一季に二けたおとすとんでもない人がいる。話を聞くと、やりたくなるではないですか。通販中古を買いました。20番径26インチ交換チョークは、持ち歩くと軽い。上下2連は折れば安全というのもよいもの。
しかし、休みも少ない中、週末は自動銃で鹿の巻狩りにでかけ、平日休みの朝はエアで鴨やヒヨ見て回るんじゃ、この上下2連をもって山の中をうろつくことがなかなかできない。結局2回しか歩けなかった。これは反省。
沢を歩いたりしていて鹿みつけたときに、上下2連なら静かに弾をかえられる。実際そういう状況もあった。当たらなかったけどw
まえにもっていた Miroku 2800RTという30インチ(だっけ、長くて重かった)のトラップ専用上下2連よりも、クレーはあたりにくいようです、これもかなり慣れとは思うが、散弾が短い銃身からはやく散っていくのだから仕方ない。更新の技能講習が心配。

どうも、買うべき組み合わせが逆だったように思うのですね。
自動銃は、 Berettaのウリカあたりの24インチか26インチの20番径でスラッグ中心に、上下2連は Benelli あたりの軽い12番径26インチか28インチで散弾中心に使えばよかったんじゃないか。
銃は、使ってみなきゃわからんのですねえ。
次の切り替えの時に考えてみます。

エアライフルは、まえに FX2000 ウェブリモデル使っていて、これがよくあたった。ただおそろしく音がでかい。アウェーな場所で猟するものにはちょっとつらかったもので、 FX-250Royale にかえた。日本向けカタログにはなくなりましたね。
この新銃、静かです。外れても鳥が飛ばないw
気に入らないのは、ライフリングがないせいなのか、コルト銃身の FX2000 より、まとまりが悪いように思う
加えて、ユーロモデルといいつつ、日本で売るものは東京銃砲がパワーをおさえてしまっている。 40 ft/lbs くらい出るはずのものが 30 ft/lbs しか出ないようです。ま、これでもFX2000並みにはでているわけですが。
エアライフルなんて、風にも弱いし、鉛弾のすそがゆがむだけで行先がずれてしまう。たたでさえ流されやすいのだから、パワーダウンされたうえにまとまりも悪くなって、撃った実感としてまえの銃のほうがよくあたったというのは悔しいものである。
最後の2週だけ March のスコープつけましたがね、あきらかにヒヨのあたりも悪かった。マタドールにでも手を出すか。
まあこれも、まずはしっかり練習したうえでの話ですけどね。

5.5mm というのは、大型小型どちらのサイズの鳥にも使えるが、逆に言うと半端なサイズで、大型鴨くらいだと、ネックショットでもしないとすぐ半矢になってしまう。いっぽう、ヒヨにはちょっと強力で、胸でもぶちぬいたら食うところがかなり減る。だから、まとまりがよくないとこまるのです。
ですから、銃を口径サイズでつかいわけて、鴨なんかは 6.35mm、ヒヨなんかは 4.5mm で撃つのがもっとよろしいのです。それはあたりまえですが、そうやって銃をどんどん増やしたんじゃ手続きも大変だし管理もたいへん、車に乗せっぱなしには出来ないし、猟場に2丁なんてかついでもっていけません。
そもそも警察がいまどきそうそう許可をくれない。


ところで、あまり更新もしないしたいしたことも書いてないのに、アサヒブログ内でのアクセスランキングがそれなりに高い。以前はすぐ200位近くまで落ちてましたが、最近はしょっちゅう100位以内に入っている。
これは、アサヒブログやってる人自体減ってきたということでしょうかね。アサヒブログ自体がなくなりゃせんか。

ペンタフルサイズデジの観測気球?w2015/05/26 08:44

ペンタックス35ミリフルサイズデジSLR11月に出るんじゃとか、フォーカスが画期的とか。
内蔵ストロボなくなる観測は、日中シンクロになんとなく使う私には残念かな。

ペンタックスオーストラリアが公式フェイスブックで、同社のフルサイズ一眼レフカメラについて "11月近く" に更なるアップデート・発表があるだろうと述べている(私は、これは11月の発売を意図していると推測している)

ボーナス前に情報を流してよそのカメラに移るのを邪魔してるんだろうという知人もいましたが、ペンタがいまさらそれやる意味は、どう考えてもないなあ。

内蔵フラッシュ云々については以下にある。

「今年秋に発表になる予定のKマウントフルサイズ判デジタル一眼レフカメラは、漏れ聞く情報によると(不確実だが)、内蔵フラッシュは搭載しないらしい。」「そのフルサイズ判カメラについての詳しい話はいまは控えておくけど、ひょっとすると画期的なAF機能が搭載されるかもしれない…。春のCP+で開発責任者の北沢さんが「世界初の機能をいくつか搭載予定」と言っていたものの1つがそれかもしれない」

どんな画期的なAFなんだか。サブミラーを排してAFの範囲を大きく、という噂ですが(本当かは不明)、それにしても合焦プロトコールだのサーボだのがついていかなきゃ意味ないんですし。

GPSはいまどきあったほうがいいというのはわかるが、それを内蔵させるために内蔵ストロボいれないなら、優先順位がおかしい
ひとによる差のおおきい機能は、アタッチメントにするか、スマホなんかと連携させて外からサポする時代じゃないの?
内蔵ストロボはレンズケラレおこしやすい、特に私の好きな超広角だと余計そうなのですが、そこそこ重宝なのは間違いない。

ライカなんかは内蔵ストロボはないぞという突っ込みもありましたがそういう問題じゃないw 製品コンセプトが違いすぎる。
レンジファインダのライカは、どれも基本手持ちの、長時間露光です。
そのために異様に明るいレンズも出ましたが、その狭い被写界深度を焦点移動のわからないレンジファインダであわせられるの?というのが心意気ですなあ。
そういう心意気は私はペンタには求めてないので。

つけてやりたいレンズは持ってるんで、気が向いたら買う。頑張ってねー(投げやり

「ホームにて」に思う2015/04/27 23:54

ギターの練習曲探していた。
私はそんなに根性の入ったアコースティックギター曲のファンではないのでして。
アコギやってるのは、いちばん手を出しやすかったからです。エレキのほうが電気つけなきゃ音がなくて練習しやすいのはあとで知ったが、サイレントギターをその後買ったので無問題、の筈。

音楽はクラシックプログレジャズなど聴きますが、特にピアノメインのきれいな曲か、いつまでも屁理屈いいつづける大編成のくねくねした曲が好きだったりする。
だから、あえてアコギで好きな曲といっても、70年代の、ニューミュージック直前のフォークか、ハンクウィリアムス、あとは中島みゆきになぜか COCCO が出てくる程度。
人に聴かせてもいいように練習するには、あまりにもべただっり、古くて音源にあわせたTAB譜がみつからなかったり、おっさんが歌うにはちょっと違和感がありまくったりである。

ですが、みんなのうたのカセットにあった赤い鳥「竹田の子守唄」を思い出し、メロディラインのつながりで、リズムゆっくりでおっさんがやっても違和感なさそうなものとして中島みゆきの「ホームにて」を思い出した。これならできるかもしれない。

かって彼女のやってたオールナイトニッポンで、エンディングにかかかってましたか。ご本人も北海道出身というので、設定としてもよくわかる。

本人映像録音はないので、違う人のようつべです↓
ぐぐった上のほうを並べました。たくさんあるのでてきとーにどうぞ。

この「ホームにて」は、都会にがんばって仕事しているひとが、疲れたときに、そのホームから出発する最終列車の行先としての故郷を思い出す歌なんだろうと思います。東北新幹線の出来るずっと前の東京ならではのものなのでしょう。一番しっくり来るのは、地方出身若いOL目線という解釈なのね。

こういうノスタルジーあふれた曲は、無害な感情移入を容易に呼ぶ。
車掌は銀河鉄道999の車掌ちゃうんかと私は思ってますが。
で、同時に思うのは、それをそのままの設定で、ノスタルジーにひたって聞けるほど、おっさんは若くないのであった。ちなみにおっさんをうたうとどうなるかっつーと、最近の「地上の星」は企業戦士をみる女性目線といえる。まああたりまえなんですが。

おっさんはどこにノスタルジアを感じるのか。
おっさんにはもう戻る場所はない。ホームに行っても、そこからもうどこにもいくところはないのだ。

というより、すでに、おっさんはもう、ホームにはいない。ずっと昔に列車に乗ってしまった
列車の中で、2階車の上に行こうとか、一等席に移ろうとか、悪戦苦闘しながら、もしくはもーどーでもいいやあと窓の外を見ながら、過ごしているのです。

だから、おっさんが懐かしく思い出すのは、出発点であるホームに違いない。どこ行きの列車も選択できるホームにいたころを懐かしく思い出しながら、列車はひたすら進む。
最終目的地はもちろんあの世である。
この世でさんざ忙しく、甲斐もないことも含めあれこれした挙句にいくべきの世は、安らかなところに違いないとおっさんは思う。

若いもんは、現在の懐かしさにひたりながら未来を考えて生きるだろう。おっさんは、未来をめざしながら、いろんなことが出来たり出来なかったりした過去を数えて生きるのである。

ハリウッドゴジラ 見た上で2014/07/31 22:27

見てきたわけで、ネタバレします注意。






話の基本は平成ガメラ対ギャオスやんか。
しかも人類の敵とか言うわけじゃなく、敵方怪獣も放射線吸いたいだけ。
設定からしたら、じゅうぶん予想できる展開をしてくれます。

主人公の大尉君の活躍が目を引きすぎて、しかも相手はゴジラじゃないあたりが、違和感のもとですか。
なににしても、ゴジラ脇役ですわ。いなくても話作れると思う。

冒頭、ゴジラを退治しようとしてあかんかったという再現映像がどんどんでてくるのですが、実際の映画の物語の中では、原発攻めた後放射線を吸ってたのはその天敵たる敵方怪獣で、これのペアがあれこれトラブルの元なわけです。
こいつをなんとかせんとあかんというところで、なんでかゴジラがこの敵方を狩り(と芹沢博士は表現する)にくる。
そこで、こいつらをまとめて核兵器で退治しようと艦隊司令はいうのね。
渡辺謙演じる芹沢博士が反論して、水爆でもゴジラは生き残ったとか言うんだが、今回については退治する対象は敵方怪獣で、ゴジラはこの話を見る限り、人迷惑にでかいのが問題なだけで、自分から人類を襲ってないのだね。いったいなにをどうしたいのかよくわからん

敵方怪獣はムートウというらしい、顔ギャオス、地底の風景はメガロドンか。
設定上の疑問なのですが、この敵方怪獣が、放射線をエネルギー源にしてるからと原潜や原発を狙うのはともかく、人間のいるところにわざわざ出ていくのはなんで?
まあそれは怪獣だから市街地で暴れてくれないとさまにならんのだけれど、特にアメリカ、歩きやすい場所はいくらでもあるでしょう。
そもそもゴジラがこの争いにかんでくる理由は?ムートウを狩る、というのです。ガメラならもともとギャオス退治につくられたという設定があった。敵方怪獣が天敵なので繁殖するまでに殺したいということなんだろうが、野生動物はそんな動き方はしないし、どうもリアリティないなあ。

あちこちにどっかで見たような画面設定あって、それはそれで楽しかった。
呑気なホノルルのビーチは初代ゴジラの遊覧船ぽい。
ゴジラでもガメラでも電車が襲われるのは定番。ただ、高架鉄道はむしろアニメ「カウボーイビバップ」を思い出す。
ペレットに包まれた潜水艦は平成ガメラか。
放射線を栄養にするところ、新ゴジラで原子炉界隈の放射線を吸収するくだり(足元に石坂浩二演じる気の抜けたおっさん!)があったね。

市街地すぐそばの原発は、すごい景色で、こいつがどんどんつぶれていったり、津波シーンにしてもリアル津波に似すぎて、いまの日本じゃ刺激強いなあ。
富士山が見えるので伊豆かどっかなんだろうけど「ジャンジラ原発」ってなんだよw

後半、お定まりの部隊突撃。これはもうむかしからのハリウッドの「部隊攻撃もの」というべき代物でしょう。古くはキューブリック(公開当時はスタンレー-カブリックだった)の「突撃」とか、「フルメタルジャケット」とか、最近でも「世界侵略: ロサンゼルス決戦」「オールユーニードイズキル」がある。いくらでもあります。

ですが、放射線を吸うムートウにしても、それを狩るゴジラにしても、怪獣どもは人間相手にして無いんだから、接近のため空中降下する必要ないやろ。ふつうに船でいって海岸からあがっていったら何がいかんのか、、、、
わからない人、サンフランシスコのシティセンター(そもそもなんでそんなところにわざわざ巣を作る?)は、狭い半島のまんなかなので、海からすごく近いのです。
実際、その後、回収した爆弾引っ張って、あっという間にフィッシャーマンズワーフに着く。あのタイマーの残り時間設定も、無理やろとは思いますけどね。

主人公は、敵方怪獣の卵をつぶすがこれはたまたまの功名、最終的にやってることは時限原爆の輸送で、自分らでセットアップしたのに奪われてそれをまた奪いもどしにいった、サンフランシスコでそれが爆発しなくてよかった、というおち、それはまあ偉いんだけど「怪獣映画」wとしてのお話の本筋からするとこっちのおはなしに重点置かれると気がそがれるのよね。
この「市民の犠牲を防ぐ」と二言目にはいうしらじらしさは、新ゴジラ1作目での「日本には非核3原則が」という政府声明なみですな。

サンフランシスコの地理に特化したはなし。ちょっといちゃもんですが。
避難のバスですけど、なんでわざわざプレシディオの中の狭い道路を通って、ただでさえ渋滞ボトルネックの金門橋を渡ろうとするのか?
さっさと、何本も太い道ある南に行けばええのに。
しかも北に避難した子供が、母親の救出を待って、あらためてサンフランシスコ南の球場に父親といるのは早すぎないか?こういうものは動かすほどに混乱を招く。
ゴジラの体がまだシティセンター北西斜面ににころがってるのに、多数の民間人をわざわざまた、ベイブリッジまで(サンマテオ橋とかいわないことw)大回りして運ぶかな、ソーサリートの北のほうにだって土地はくさるほどあるし競技場だってあったはず、なんせカリフォルニア。

はじめにもどりますが、この話は、普通のハリウッド映画であれば、兵隊さんと敵方怪獣だけで成立するのです。その場合、敵方怪獣の弱点をどっかに作らんとあかんけど、それは設定の問題。

そういうハリウッド映画の枠組みに、何とかゴジラを押し込んだ苦労を多としたい
もとのゴジラと、日本の怪獣映画は、十分に尊重されていた。

あの巨体がうろうろする風景は、この手のものの好きな向きには涙が出るほどうれしいとは思う。
ゴジラが海に潜って去ったあとに、吼え声がして、むこうから「終(The End でもいい)」がきたらいうことなかったのかもねw

ま、いまのハリウッド文法になるべく乗ってやってるにしても、それでそんなに世界でヒットしてるってのがわからない、本当に売れてるのだろうか。

ハリウッドゴジラ オリジナルゴジラをおもう2014/07/29 00:22

いえ、また見てないのですが。

売れていて、続編決定とか。まあぴょんぴょん跳ね回る「ジラ」でおわりにならなくてよかったねえ。

『GODZILLA ゴジラ』続編決定!ラドン、モスラ、キングギドラ登場にファン熱狂 [2014/07/27]
「7月25日に日本公開を迎えた特撮怪獣映画ハリウッド版『GODZILLA ゴジラ』の続編制作が正式に決定し、ギャレス・エドワーズ監督の続投も発表された。」「世界初披露となったこのフッテージ映像では、『ゴジラ』シリーズではおなじみのモスラ、ラドン、キングギドラと思われる怪獣の姿が登場し、場内はさらに熱狂し、興奮の坩堝と化していた。」

オリジナルゴジラは、核兵器であるゴジラ(これは作中で宝田明にも「水爆そのものではないですか」といわせている)に対する日本人の、悲劇的な個人がなしえた民族的勝利(なんやそれは)という図式で、とくに襲のあとを髣髴とさせる焼け跡の中に流れる伊福部昭による合唱曲を、涙なしできくことはできない

で、モスラですが、オリジナルは、こんどはこっちから攻め込んでやるんだという執念で成立した映画で、その後のお子様路線の走りの部分はあるにしても、怪獣としてはじめて海を越えたモスラがニューヨーク(設定ではニューカーク)の摩天楼を好き放題に飛び回るシーンは感涙もの。余談であるがこのシーンで私は、小津「秋刀魚の味」で、加藤大介演じるもと水兵が「(戦争に勝ってたら)いまごろ、あんたも私もニューヨークだよ、ニューヨーク」と、笠置衆演じるもと駆逐艦長にくだを巻くシークエンスを思い出すのですが。

こういう、戦後日本人型カタルシスと離れたところでハリウッド映画になってしまうのは、それはそれで感無量。

オリジナルのゴジラの、上記伊福部昭氏による劇中合唱曲ですが、日本語による曲で「追悼」の任にたえるものとして、あれ以上のものは知りません。

「追悼」というと、ヒトラーの死に際してベルリン放送の流した、フルトヴェングラー指揮ブルックナー交響曲7番アダージオが思い浮かびます。これ、いま手に入るCDにも入ってるけど、ジャケット見てもその曲があるのはわからなくなってて、帯でわかる。びみょーな問題なのでしょうな。

余談ですが、ゴジラが夜の街を吼えながら火を吐いて回るあたりは、チャイコフスキー4番のアダージオでもいいと思う。

更に余談。
伊福部さんは曲の使い回しを結構したようで、ゴジラに使われた他の曲(オキシジェンデストロイヤー使用時の背景音楽)も声楽曲になっており、藍川由美さんが20年以上前にCDにしていた。北方民族主題の歌曲だったと思う。
ジャケット写真の藍川氏は若く、私の主観ではその印象でいたので、こないだ藍川氏がなんかで新聞にのられたとき、外見の変化にびっくりした。
しかし、人間側からの攻撃時につかわれた音楽が、長谷川一夫主演の「源氏物語」で、主人公光源氏が馬に乗って野をゆくシーンの背景に、ピアノ演奏で使われていたのはさすがに唖然となったが。このあと光源氏は紫の上を攫うのです。


それにしても、うまくいくリメイクというのは、もとの作品にたいする敬意をちゃんともっているものだ。
日本でアニメなどが劇場映画になるたびにがっくりくるのは、ここが根本的に抜けていることが大きい。

シガリロ Clubmaster の復活2013/09/04 01:06

私はタバコはなくてもまったく問題なく生きていけますが、たまに喫む。特に喫煙者と飲みに行ったとき。家では一切使わない。煙草くさい部屋は、プライベートでは好きでもない。
ただ、人間としてこのようなドラッグは嗜まなくてはならないという変な理屈で喫みはじめた。なんか頭に湧いてたのかもしれない。

肺に入れない。嗅上皮あたりで感じるようにふかす。ドラッグです。
タール分とことん減らして、肺にはやさしく、きっちり飛べる煙草があればいいのにと思う。さらには、オランダやワシントン州のように、大麻を何で解禁したらあかんのかと思うが、これは言ってはいけないことになっているし、医者としては絶対近づくわけにいかない。学生の頃、医師免がいかにこれで簡単におとりあげになるか、さんざ脅された。

90年代はじめ、アメリカのラボの、引き出しにシガリロの空きケースがたくさんのこっていた。ラボはもうすでに無煙状態で、だれが喫んでいたのかはわからない。ボスかもしれない。
嫌煙がシステム化されつつあったころで、禁酒法なんてものを作ったことのあるアメリカは動き始めると早い。研究室の裏、中庭につきでた庇の下で職員が煙を吐いていた。
帰国後、そういえばと思って、買ったのが「Clubmaster」銘柄のシガリロでした。スマトラ製。その、No141というやつ。




嫌煙の波はあっというまに世界を席巻し、90年代末には、デパートの煙草売り場も縮小され、いろいろ廃版になった。「Clubmaster」も国内発売がなくなってしまった。
たまたま、東京中野のカメラ屋にいったときに、商店街の販促でみかけた「Calume」が気に入って、かわって買うようになった。ドイツもの。バニラ風味、パイプ用の葉を紙巻にしたということになっていた。




これがまた、ゼロ年代なかばに廃版になり、以来、「Cafe Creme Arome」を買うようになった。やはりバニラ風味のシガリロで、ひとケースあたりの本数が少なく、安く、あけても減らないうちにどこかになくしてしまうこともある私には、向いている。




先日、四条の「栗山大膳堂」のショーウィンドウに、おぼえのあるデザインですがミニサイズの「Clubmaster」 をみて驚いた。このご時世、このミニサイズは、実ははじめて日本に入ったらしい。無着香です。




 「Clubmaster」も「Calume」も、まだ未開封分をもっている。

気に入ったものがなくなると、最後に残った分が使えなくなるという習性なもので、ほかにも、カフェインフリーダイエットコークだの、燃焼系アミノ式だの、マルチサプリカルピスゼロだの、カロリーメイトポテト味なんぞが手近にある。食い物は古いとまずいので、これでもなくす努力はしているのですが。

こんな香りの飛びやすいものおいといてもどうしようもないとは思いますが、ともあれ、古いほうを使い切る踏ん切りがついてよかった。喫い心地も比べてみます。