なにも(し)ない日曜2012/02/13 00:08

9時ころまでゆっくり寝た。
家内のつくりおきトマトスープを、焼きバゲットで食い、さらにたっぷりのヨーグルトにブルーベリージャムもたくさん。気分だけトルコ風。娘はすでに模試ででている。
すこし二度寝。金曜夜からシャワーだけなので、朝から風呂わかしなおして入った。家内は娘の高校のクラス母親会ですでに外出。
息子が、すべり止めからの合格通知がきたと報告に来た。この人はこれでもういいやと思ってしまいそうで困る。そこにも受からなきゃもっと困るが。これから本番で、ちゃんと最後まで受けないならこっちも考えるよと警告しておく。やな父親。

昼過ぎ、カメラぶらさげて私も出た。
相国寺境内を西から東に通る、なにかやってるのか美術館のほうに人が多い。
寺町から南下し、枡形の北側を抜ける。 HotelRivage ってかなり前に廃業したんですかね。むかしこのあたりに住んでるころは、よさげなプチホテルとは思ったんだが、1階に焼肉レストランがあって、匂いもうもうで、なんでこういう組み合わせでやるかなと不思議でもあった。

橋を渡り、家裁前をとおって、下鴨神社の南側を東へ。娘の生まれた産婦人科の前を抜けた。
むかし、大文字送り火の番組で、ゲストたちが下鴨茶寮から大の字を見上げるという趣向があったが、どう考えても無理やろと思ったものだ。川端にたつ建物もさりながら、養正地区の団地がどでかくて、送り火見るには確実に邪魔。
この近所には下宿してる同級生がいてよく飲んで泊まった。銭湯にもいったが安かった。

川を渡って御蔭通を進み、踏切を渡らず線路にそって歩く。天寅もこの数年いかないがかわりないようだ。
「Didi」で久しぶりに、ベジタブルカレーを玄米でいただいた。今日は歩きなので、ビールも飲んだ。おもてのテーブルでのんびり新聞読みながら。小春日和。

元田中の駅から叡電。けいおんコラボ車両がやってきた。ひと駅200円の出町柳へ。
これも久しぶりの柳月堂。ロイヤルミルクティー注文してあっというまに睡魔。
いつもビーチャムのディーリアスしかリクエストしない。たまにはダウラントをここのシステムでききたいのだが、間が開くとついおなじものになる。
ふかふかの皮のソファは、冬で気温も低いせいか匂いもしなかった。眠りながら、合間にコミック「ナチュン」を、久しぶりに読んだ。

まだ明るい夕刻に切り上げ、出町の輸入食品店(南側)でコーヒーもいただかずジャムを買う。中島食堂の前も通ったが、こんなきれいな表側だっけ、まー10年前に見たきりだものな。

帰宅したら誰もいない。
ここのところ部屋で出っ放しになってたアウトドア関係用品を仕分けて片付け。移動させるつもりで、吊りっぱなしの80インチ、キクチのスクリーンを、埃を吸って片付ける。手回し蓄音機も移動。
家内と息子帰宅、国公立一次の受験のために列車チケット買いに行ってたと。思い通りのものはとれなかったそうで、そりゃ1週間前に志願書出した時点でとらんとあかんやろう。

お揚げと菜っ葉の煮付け、玉子焼き、冬なのに赤味噌の味噌汁、漬物。息子はこれに海鮮丼。娘は模試からまだ戻らず、センター分を1日でやるから遅くなるわな。
財布がふくれてきて気持ち悪いので、時間かけて、別保管の分のまじえてカード類整理。期限切れのポイントカードばかり。使えたはずの十字屋1000円分とかちょっと惜しかったか。好日山荘がなんで4枚もある。中古レコード屋だのいけないビデオ屋だのすでに存在しない店も多い。本当に使いそうなカードのみ財布に残し、そうでないものはポシェットにまとめた。カード類といっしょに出てきた名刺類も名刺箱に放り込んだ。このままなかったことになっていくのなこれって。
あとは、ちょっとした設計図面みてみたり、なにを今後どう買うかあれこれ調べた上で、特にこの数日購入をどうしようか迷っていたものを、家内にも買うと宣言した上でネットオーダーしてみたり。
昨日はメインマシンのマウスの左クリックがきかなくなり、トラックボールやらトラックポイントつきキーボードやらを順繰りにセットしなおして面倒だったが今日はどれもそこそこ素直に動いている。
ギターの練習は今日はほとんどしなかった。
カルテ調べのプロトコールをそろそろつくらんといかんなあと思いながら営業終了。

成年への移行期2012/02/13 22:45

花見の時期に、救急外来で当直してたら、酔っ払いが担ぎこまれたことがあった。
ガテン系の会社の、新入女子なのだが、担ぎ込んだ会社の連中、問診表にいったん「年齢:18歳」と書いたのを、まずいと思ったのか、塗りつぶしてしまった。
女子は酔いがさめたあと、救急の奥で、呼びつけられた親を相手に大声で泣き散らかしてえらく迷惑であった。

刑の厳罰化でよくいわれることだが、犯罪を隠そうとして余計凶悪化するというのである。
上記では、年齢を書いた後まずいとおもって塗りつぶす程度であったが、このような事件があったらしい。

http://osaka.yomiuri.co.jp/e-news/20120213-OYO1T00709.htm
ガールズバーで高3女子死亡 ミナミ、飲酒し接客 (2012年2月13日 読売新聞)
12日午後0時30分頃、大阪市中央区東心斎橋のガールズバー「SORA」の男性経営者(27)から「18歳の女性アルバイトが意識を失って倒れている」と119番があった。救急隊が駆けつけたが、既に死亡していた。大阪府警南署は、急性アルコール中毒の可能性があるとみて調べている。


おかしいと思いつつも、病院に連れて行ったら未成年者がなんでやということになるのが怖くて、手遅れになったんじゃないのかね。

それをいうなら酒を飲む成人の店に未成年者が勤めてもいい法律がそもそもおかしいのだが(アメリカでは、州にもよるだろうが、はっきり立ち入り禁止じゃなかったか)、もひとついうと、大昔から、そういう成年はごろごろいて未成年と共存し、それをみながら未成年も成年に育ったのである。

立場上隔離しておいていきなり「今日から大人」という建前のほうがおかしい。
日本にはかって、若衆宿とか娘宿とかあって、「大人」になるまえの一時期そこで集団生活し、「子供」から脱皮して大人の振る舞いを身に付けた。
体が16にもなれば完全に生殖可能である。法的成人が20というなら、16から20までは、移行期として、大人の監督のもとで大人と同じ事をする時期、ということにしてはどうなんだろうかね。
こういうと監督と称して女子を押し倒すもんが大量に出るだろうから、親相当が監督者になるということにするしかないのだろうが。ふさわしくないと認定されたらそいつは監督者相当にはなれないようにすればいい。監督者払底して困るかも知れんけどw
つか、集団生活を重視して、親からある程度その集団に監督権をうつすのが昔の知恵だったろう。いまじゃクレーマー親が気になってなにもできない。なにかというと「心の傷」とかいうアホがでてくる。

単なる名称の違いで同じ人間だ、、と思うから移行を雑に扱うのだ。そりゃ生物はてきとーに育つから移行はなんとでもなるが、法的なものが、ただの年齢制限になってしまっているので、実際大人扱いしてもいいものをそうするわけにいかず、ちぐはぐになってしまう。いかついにいちゃんの性犯罪を少年法で裁くようなことになる、

逆に言うと、べつに子供は踏みつけていいというわけじゃないが、あくまでも「分際」というのはあるものだと思う。
小学校で目をぶつけた子供を親が連れてきて、「念のために散瞳して眼底検査しましょうか」といったら、親が子供に「どうする?」と訊いたりすることがある。子供は戸惑う。決められるわけがないだろう。まあこれは、手軽に済ませたい親が子供の意見聞くふりしてるだけとも思うのだが、そこはきくところじゃないだろう。

酒も煙草も、体に悪いに決まってるんだからね。
大人がそれを許されるのは、自分の体に対する完全なコントロールを社会的に認められたということです。大人になったら大丈夫、なんてことではない。自業自得ということ。
だったら、その使い方を学ぶために、集団生活下に適度の飲酒喫煙を許すステップを、大人になる前段階として設定するのは「大人になる入り口」としておかしいことではなかろう。ほかにもいくらでもこういうステップは設定できるように思う。
性善説が過ぎるとは思う。江戸期のような完全定住性共同体密着相互監視社会じゃないと無理かもしれない。