診察室の録音2013/08/29 13:07

白内障の手術の日程等決める段になって、手術受けるおばあちゃまはいいんですが、ついてくる家族らしい若いお兄様が無言でレコーダーを突き出して録音してくることがあった。

べつに構わないんですけど一言ぐらい断らんのかなとは思うが、これはむしろいいことと考えて、説明を始める。
いまどき嫌な話もしなけりゃいけないご時世なんでごめんなさいねといいつつ、手術はなにがあるかわからない、安全100%なんてありえない、失明もありえる、急な事があったら相談できないから私の判断でベストと思うことをやります、一度でおわらないこともありますよと。

いつもいってることです。いや、問題なくすんなり普通は終わるし、そのつもりなんですが。

説明の終わり、レコーダしまおうとするので「ちゃんと入った?」ときくと、はあ、とか曖昧な顔をなすった。

人間は、信じていないことを矛盾させずにいい続けるのは難しい。特にお仕事については、誰が相手だろうがどんな状況であろうが、根拠があって正しいと信じる方針で、一貫した態度をとらないと命とりになる。たぶん多くの医者はそう思ってるだろうし、そのつもりで目の前の患者に説明する。レコーダーがあろうがなかろうが、やることなんてかわらない。医者が迷うフェーズなら、それこそ本人に決めさせるしかないのだし。

で、説明をどうしたところで、医師の持つ理解に患者が追いつくことはない。経験も知識もないのだから、単純に不可能だ。医師だってよその科のことになると同じです。
いろいろ訊きたがるのはいいけど、けっきょくは「ようわからけど任せる」に至るための儀式でしかない。むかしはそこがもう省略されてたのが、結果がよくないと、きいてないのどうのと騒ぐ人が増えたので、アリバイのようにいまどきインフォームドコンセントに組織は励むようになった。つまり、インフォームドコンセントは医療者を守るためのものである。当たり前のことをいちいち書いてすみませんが、これがわかっていれば、説明を録音するべきは私のほうであって、患者のほうではないのがわかる。

今回、すでに、おばあちゃまご自身に手術する決心がついてる以上、あとはこっちが説明も含めてすることしてるという証拠の保存にしかならなくて、それはこちらにとてもいいことなのですが、いったい何の役に立つと思ってやっているのか不思議。いいことばっかり言うと思ったんでしょうか。私のために録音してくれてありがとう。

説明を聞いて「やっぱろやめる」といわれるならぜんぜん止めない。たとえ過熟白内障でブロックおこしかけてても、しつこく緑内障発作のリスクをいった上で放置するだろうね、ひょっとしたら、これもリスクを説明した上で LI 勧めるかもしれません。本人の体は本人のもの。

「不同意書」もつくった。病院で、使いまわせる「同意書」の書式作るときに、うちの科にはこれがいると、「これこれこういう説明を受けましたが、その手術、処置、治療は希望しません」というやつ。説明は受けてないとか足りないといわれたんじゃこまるしね。まあ、症例や相手見てやりますけど。

いまどきどこでもそうだと思う。
唯一、未成年者で、放置したら永続的な障害が予想されるのに家族が同意しないという状況だけはやりにくいですけど。そういう場合はせめてより説得力があると思われる上級施設に送るくらいですかねえ。

かなり前のことですが網膜剥離の手術の後それについて延々説明させては録音するお兄様もいらした。そのときは、こっちも面白がって、網膜の発生を眼杯から説明しました。
あんなもんあとから聞きなおすことあったんでしょうかね。