京都の女子大の消滅 雑感 ― 2026/10/18 06:37
平女(平安女学院大学ね、念のため)も、もともと短大だったのが、四大化だけではもたなくなったか、共学化で名前も変更。
「「女」学院」が外れるからあたりまえかと思いきや「京都地域協創大学」ってマジか。伝統も今までの遺産もないな、いろいろ考えてのことだろうけど。
ノートルダムもなくなるし、旧中産階級のキリスト教系お嬢様大学というものも成立しなくなったんですかね。
仏教系よりイメージとしてお嬢様度が高くて、バブルのころは下校時つきあってる「彼氏」たちが近所の路上に車のりつけて待ってる風景が見られたらしい。
最近、関大とか同志社とかの出身女子が平女の名前を知らず、平安なんて伝統ありげな名前つけてと文句つけるのを見たときは、あんた平女は歴史長いし日本でも早くにセーラー服導入したとこやでと思わず言ったがぴんとこんかった模様、
偏差値で入るところじゃないからといって名前がわからんくらいクラスタが違うのもなんだかと思ったことがある。
たんにその女子に京都での常識?がなかっただけかもしれんですけど。
女子は学歴不要の時代は、大学自体女子を受け入れないところも多かった。せいぜい高校までの女子を男子とわけて教育するために必要な「女性教諭」の大量育成に、お茶の水と奈良に女子師範があったわけですね。以外の女子教育の場としての「女子大」なんて、意識高い大都市圏にしかなかった。
女子高のうえの、アカデミア目的でない女子の受け皿として「短大」が地方でも一般化していったのも戦後だろう。もともとは専門学校が多かったはず。
京都の女子大(短大)、も、かっては、キリスト教系、仏教系、洋裁手芸系、調理家政系、といった感じでいっぱい京都にあったが、男女均等雇用法以降「花嫁になる腰掛」という世間のポジが縮小して、「短大」はもうなくなり、四年制として生き残りを図り、さらに共学化ができるところはするけれど、白旗上げて廃校もあらわれ、女子大としてまだ共学化も廃校も予定になさそうなのは同女と京女だけですね。
40年ほど前、市内の写真部学生があつまって合同写真展したころは、女子大や短大の写真部女子も参加し、男子学生のいない学校で生息する女子大学生たちの、さらに学校ごとの独特な違いを面白く眺めたもんだったが。
京大医学部の人間健康科学科も当時は医療短期大学部「医短」とよばれ、学生は基本女子だった。
女子を大々的に隔離して別扱いに育成する理由も余裕も、もうないのですな。学校側もかわらなければ生き残れない。
変身の挙句、いまそこそこ華々しく残ってるのは「京都芸術大」ですかね。むかしは「芸短」と呼ばれていた。せめて造形大のままにしとけよ、あつかましいと思ってる人は多いと思う。
生き残るためには変わらなければならない、がこれほど体現された、もと洋裁学校もないかな。
by 稲亀石 [社会] [京都] [コメント(0)|トラックバック(0)]
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