土葬問題2026/06/09 09:16

特にイスラム教徒の土葬の問題があちこちに出ているらしい。

土葬、日本でもする地域はあろうが、基本的には火葬でしょう。
インドから東の湿潤な世界では、死体は焼却処理しないとたいへんな汚染源になるからこれはもう仕方ないと思う。処理のための燃料源としての木材も豊富にあった。

狩猟などで山林中で、鹿をいただいて、そこで解体処理する。残渣はいろいろかぶせてなかったふりをする。週間もたつと、食われて骨だけになっている。キツネやタヌキが食うらしいが、
北海道だと、エゾジカ射獲して肉採った後、ヒグマが食うから残渣処理はちゃんとしてということになっている。

土葬するということはそこに死体が定期的に供給されるということで、大型獣類が掘り返して死体を食ってもおかしくないと思うのですね。
特にアブラハム教系の信者の土葬は、将来の復活のためです。そんなに深く埋めるだろうか。人間が掘れる深さならクマにだって掘れる墓標でもおいたら、その下に食い物があるとクマなどそのうち学習するんじゃないですか。
「葬送のフリーレン」でも、土葬すると魔族が食い荒らすので火葬にしたいがなかなか心理的抵抗が、という設定がある。
鳥葬ならぬ、熊葬、ということにしてしまうのか。

死体をその場所に埋めるということには、その土地を自分のものとして認めさせるという意味があるらしい。
タヴィアーニ兄弟の映画「カオス シチリア物語」のエピのひとつでもネタになっていた。
イスラム教徒の土葬を許すということはそこをイスラムの地として認めることにつながる。
イスラーム、他教徒の地ではおとなしくしろということになっているようです。ハラルだってまもらなくていい、ただそれはそこにハラル食がなければの話なので、ハラル食はないのかという声に真面目に応えてハラル対応すると、むしろハラルがないからという理由で食えていたおいしいものが食えなくなるというイスラム教徒もいるらしい。

イスラムの地となると、世俗の法よりイスラム法のほうが上になるという。
特に、ほかに誇れるもののない阿呆が、自分の思想宗教の教義にしがみついて周囲に被害を及ぼすのはこの宗教に限らない

なによりも、個人の宗教上の理由について、他教徒が自分の領域でまじめに対応する必要はない。これは多様性の問題ではない、というか、そういう対応こそが多様性の敵です。

内臓を抜くわけでもないだろう、土地の下でキビヤックみたいに発酵つか腐敗した死体獣にかじられていろんな汚染源になる可能性があるうえに、埋められたものの教義によっては近代法治国家の成立を脅かすリスクを与えるのは、大変、よろしくないと考える次第。

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